R&B入門講座

ソウル・ミュージック

ソウル・ミュージックとは

1960年代以後の新しいアメリカ黒人音楽のスタイルつまりはブラック・ポピュラー・ミュージックのこと。ゴスペル音楽とリズム-アンド-ブルースが融合した音楽。強いリズム感をもちます。伝統的なリズム・アンド・ブルースと、洗練された同時代感覚が融合して生まれ、急速に広まったソウル音楽です。また、1970年代にはこれらのソウルミュージックは、ブラックパワー運動などの影響もあわせてファンクミュージックへと移行していきますが、ジェームス・ブラウンやアイズレー・ブラザーズなど、ベテランのアーティストはR&B期にデビューし、ファンク期でも第一線ということであるため一般的にはこれらR&B、ソウル、ファンクミュージック、場合によっては80年代のブラックコンテンポラリーも含めてソウルと総称することが一般的です。

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R&Bとソウルミュージック

ソウルミュージックとR&Bとの境目はきわめて曖昧といえます。1940年代までジャズはダンス・ミュージックとして人気のある音楽だったのですが、いつしかアートな鑑賞用音楽となってしまい、一般の黒人大衆には興味のわかないものとなってしまったのです。その代わり、ジャズの中でもとびきり陽気な“ジャンプ・ブルース”にゴスペルのフレイバーが加わり、次第にボーカル主体へと変化して、それがR&B(リズム&ブルース)”となりました。1950年代に誕生した激しいビートを特徴としたR&B(リズム&ブルース)は1960年代になるとジェームス・ブラウンなどの有能なアーティスト、またオーティス・レディングを代表とするスタックスレーベル、スティービー・ワンダーなどを代表とするモータウンレーベルなどの黒人音楽を代表する巨大レーベルの登場、またそれらのアーティスト、レーベルが特徴とするサウンドの流行によって、ヴォーカルをきわめて重視するスタイルへと変化しました。

ソウル魂

ソウルミュージックとは、

  • (1)ポピュラーミュージック・大衆音楽・流行歌
  • (2)新しい黒人由来の音楽スタイル(ロック・ジャズ・R&B・ヒップホップ・ファンク等)
  • (3)R&B

の3つの意味を持ちます。大胆に“黒人歌謡曲”と言い切ることさえ出来るソウルですが、そのソウル(魂)とは?

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ソウルミュージックの歴史
1940年代のソウルミュージック
1945年に第二次世界大戦が終了し、戦勝国アメリカは笑いの止まらない躁状態でした。ところが黒人は相も変わらずの二級市民扱い。子供たちは白人と同じ学校には通えませんでしたし、大人も選挙の際に投票も出来ませんでした。そんな状況に我慢できなくなった黒人たちは、1950年代に入ると、差別をなくして人間としての尊厳を取り戻すための戦い“公民権運動”を展開していきました。たくさんのデモが繰り広げられ、その度に白人や警官から迫害を受け、それでも怯むことなく運動は続けられたのです。その甲斐あって1964年には差別を禁じる公民権法が成立しました。しかし、偏見に凝り固まった人の心を一夜にして変えることは出来ず、1965年にマルコムX、1968年にはキング牧師と、ふたりの偉大な黒人運動リーダーが相次いで暗殺されています。けれど、こんなにも苦しく緊張感に満ちた時代にも、黒人は音楽を忘れませんでした。彼らのコミュニティには、いつだって楽しいR&B/ソウルが流れていて、彼らを勇気づけ、微笑ませ、時には一晩中踊らせ、また涙ぐませもしたのです。
50~60年代のソウルミュージック
50~60年代にはレイ・チャールズなどのソロ・シンガーやボーカル・グループが数えきれないほど登場しました。60年代にはR&Bがさらにファンキーになって“ソウル・ミュージック”と呼ばれ始めましが、このふたつのジャンルの境界線は曖昧で、だから“R&B/ソウル”と表記されることも多いです。しかも、その誕生から現在に至るまでの約60年間、“歌は世につれ、世は歌につれ”の原則通り、R&B/ソウルも様々に変化を遂げてきた。だから「R&B/ソウルってこんな音楽」と、ひと口で説明するのはちょっと難しい。テンプテーションズなどの男性グループはファルセット(裏声)で甘いフレーズを繰り返しささやき続け、シュープリームスを筆頭に女性グループはキュートなファッションでコケティッシュに歌った。一方、ティナ・ターナーはダイナマイトと呼ばれるパンチのある歌いっぷりでチャートを賑わせ、ソウルのゴッドファーザーことジェームズ・ブラウンは、いつだって思いっきりファンキーなサウンドと、目を見張るダンスを見せてくれた。とまあ、この時期のR&B/ソウル・シンガーを列挙したら、それだけで本が一冊書けてしまうほど。
70年代のソウルミュージック
70年代のアメリカではヒッピー・ムーブメントとドラッグ・カルチャーが巻き起こり、黒人音楽側からの回答としてファンク・ブームが起こりました。“ファンク”という言葉の本来の意味は“体臭”。ねっとりとベースの効いたグルーブ感たっぷりのサウンドとサイケなファッションが一世を風靡し、ブーツィ・コリンズ、ジョージ・クリントンという2大ファンク・スターが生まれました。ジェームス・ブラウンは70年代に入っても益々ファンキーだったし、スライ&ファミリー・ストーンというヒッピー&ロック寄りのファンク・バンドも現れました。正確にはR&B/ソウルとは区別されるファンクですが、当時は多くのソウル・シンガーがファンク・ナンバーを歌っていました。
80年代のソウルミュージック
80年代はディスコの時代。ヨーロッパ発のコンピュータライズされたディスコ音楽が大ヒットし、ビー・ジーズがテーマ曲を歌った映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が一大ブームとなりました。けれど、これらの白人によるディスコ・サウンドはR&B/ソウルをヒントに作り変えられたもの。黒人は「またしても白人に自分たちの音楽を盗まれた」気分になりました。かつてリトル・リチャードが生み出したロックンロールをエルビス・プレスリーに盗まれたと、彼らは主張していました。しかしこの時期、シック、クール&ザ・ギャング、アース・ウインド&ファイアーなど多くの黒人ミュージシャンが抜け目なくディスコ・ナンバーをリリースし、大ヒットさせたのも事実です。
90年代のソウルミュージック
90年代以降はR&B/ソウルもヒップホップの洗礼を受けずにはいられませんでした。シンガー自身が子供の頃からラップを聴いて育った世代だからです。そんな新世代のシンガーを、ヒップホップ系プロデューサーが手掛けてヒットを出すことも増え、メアリ・J・ブライジなどは“ヒップホップ・ソウルの女王”と呼ばれているほど。しかしながら、ボーカルが主体の、もっとも基本的なブラック・ミュージックであるR&B/ソウルがこの世から淘汰されることなど永遠にないでしょう。
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